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NO.019 ★★★アイアンマンコリア大会完走記 2005.8.28 by O.K

夫婦でトライアスロンを始めて3シーズン目、本当にへなちょこの私がアイアンマンに挑戦です。

〈1日目:木曜日〉
 自分達なりにはそこそこ練習し、頑張ったつもりでしたので、まあなんとかなるだろうと、そんな気持ちで関空へ。そこでバイクケースを持った参加者らしき人達の風貌にまずびっくり。全身アイアンマンジャパンなどロングの完走シャツを着ている人がうようよいるではありませんか!どう見ても普通の旅行者にしか見えない私達はその人達との距離を感じつつ飛行機に乗り込み、チェジュに向け出発です。
 私達は全て個人手配なので、現地に到着後まずリムジンバスを探しました。そして、会場である中文行きのバスを発見。私は少し韓国語ができるので運転手にバイクを乗せてもらい、比較的スムーズにホテルに着くことができました。

〈2日目:金曜日〉
 ガナスから一緒に参加のF田さんとK森さんと合流です。F田さんもK森さんもご家族が応援で同行されていて、みなさんのお陰で楽しい時間を過ごせました。

〈3日目:土曜日〉
 
いよいよ大会前日、会場周辺はアイアンマンムード一色です。日本人向けの競技説明会が午前中に開催されるので、タクシーでゴール地点でもあるワールドカップ競技場へ。ホテルから10キロくらい離れているのに、日本円で600円くらい。今回移動はタクシーをかなり使いましたが、日本に比べ大変割安です。
 説明会は日本人でなく、大会MCが流暢な日本語で行いました。前日にバイクバッグ、ランバッグをバイクと一緒に預けることや、スペシャルニードはレース当日に預けることなど初めてのことばかりだったので少し不安になりましたが、まわりのメンバーの助けもあり理解できました。
 説明会後のエキスポはちょっと期待はずれでした。エキスポ前で日本人の大会役員の人とK森さんが話しており、役員さんの話によるとバイクは120キロまでは我慢のレースということです。K森さんに「大丈夫だよ」とその人が言っていたので、私にも言ってもらおうと「私でも大丈夫ですか?」と尋ねると少し間があり、「大丈夫だよ。あまりナーバスにならないで」との返事が。でも私はその人の心の声が聞こえました。『この人大丈夫か?』と。
 午後からはバイクチェックインです。そしてこの時ラッキーなことがありました。
ランバッグを預ける時に中身を点検してくれていた外国人の役員の方に、愛想よくしていたら「グッドラック!」の言葉とクリップになっているオーストラリアと書かれたコアラのマスコットを私にくれたのです。すごくうれしくお守りになるような気がしたのでジェットストリームのストローのところに着けました。(このコアラ、あとで凄く威力発揮しました!)

〈大会当日〉
 いよいよこの日が来ました。割りとすんなり寝られたので朝の目覚めはよかったです。宿泊しているハナホテルは中文リゾートの中でもリーズナブルですが、一応オフィシャルホテルだったようで選手向けに朝4時30分から食事が用意されていました。朝食を摂り、いざみんなで会場に。会場へは歩いて15分くらいです。準備をしていると、暗かった空もいつのまにか明けてスタートの時間が近づいてきました。
 スイムは5角形のコースを右回りに2周回です。超遅い私はなぜか人が少なかったインからスタートすることにしました。そして7時。なのにあれ?まだスタートしない!カウントダウン中!?実際1分くらい遅れたみたいでした。いざ泳ぎ始めると波もなく、海も綺麗で本当に泳ぎやすかったです。途中、水族館にいるようなくらげがいておどろいた以外は、今までで最高のコンディションでした。

 予想よりも速く約1時間30分でスイムアップ、バイクラックまでには激坂があったのですが、歩いて上り、ゆっくり着替えてバイクスタートしました。バイクコースはワンウェイコースです。40キロくらいまでは大変順調でこの程度のアップダウンならなんとか予定通りに行けるだろうと思っていましたが、50キロを過ぎた海岸沿いから風がかなり強くなり、思うように進まなくなりました。それでも60キロまでは15時間完走に向けてほぼ予定通り、順調でした。
 90キロ地点のスペシャルニードで補給食を受取り、これからの坂にそなえてカステラを食べてから再スタート。この地点は、選手の家族の個人的な応援が多く、なごやかな雰囲気でまるでサイクリング気分でした。そして、いよいよ後半の登りに向かいます。事前のコース図では100キロすぎから5キロで500メートルを登ることになっていたので覚悟していました。と、目の前に今まで見たことのない激坂が!何とか頑張れるところまで登りましたが、まわりが次々歩き出したため、つられて私もバイクから降りて歩いてしまいました。激坂自体は短く、そろそろ頂上も見えてきたのでバイクに乗ろうと、ここで事件が!うまく片足のペダルがつけられず、バランスをくずし、右にこけてしまったのです。幸い、身体はかすり傷だったのですが、バイクのとギアチェンジがおかしくなってしまいました。
近くにいた韓国人選手が駆けつけて直そうとしてくれたのですがうまくいきません。一瞬 『リタイヤ』 と思いましたが、ここでお守りコアラ効果が!私がこけた10メートル後方で公認メカニックが他の選手のパンク修理を終えたところで、猛ダッシュで私の所に駆けつけて、あっという間に修理してくれたのです。なんてラッキー。さらにメカニックは私の背中を押してくれ、ロスタイムもほとんどなく再スタートをきることができました。

 助けてくれた韓国人の人にすれ違いざまにお礼を言い、まだまだ続くアップダウンを走り続けました。前日の役員の言葉を思い出し、「120キロまでの我慢」と、独り言をいいながら頑張り続けました。
 120キロ地点。やっと楽になると思いきや、まだまだ果てしなくアップダウンが続くではありませんか!次の坂が見える度、『いいかげんにして!』 という気持ちになってしまいます。130キロを過ぎるとようやく下りでした。下りはなるべく飛ばそうとノーブレーキだったので気付かなかったのですが、エイドで止まる際にブレーキからスゴイ音が。転倒した時にタイヤのセンターがずれたのではと思いましたが、レース中なのであまりブレーキも使わないし、(今思うと少し怖い気もしますが)なるべく気にとめないことにしました。

 150キロからまたまたアップダウン、『こんなの聞いてないよ!』 と、誰にあたれる訳でもなくひたすら前へ。そしてこの辺りでやっと気付いたのです。私には時間がないことを。(気付くのが遅い!)昨日のF田さんがバイク制限時間は午後5時30分、と確か言っていた。(F田さんありがとうございます。聞いてなかったらどうなっていたことか!)160キロ地点で時計を見るとなんと午後4時30分!間に合わないかも!あせりました!また坂が続くようだと本当に無理かもしれません。
 ここまで来てタイムオーバーになるのは避けたい。諦めず、なんとか頑張ろうという気持ちで走り続けました。ラッキーなことに最後は下り中心だったのでなんとか間に合い、バイクフィニッシュ地点ではK森さんの奥さんが迎えてくれてました。とても心配してくれていたみたいで…、それはそうですよね、バイクフィニッシュタイムは制限時間10分前でしたから…。更衣室前にはK森さん御両親も居られ、御一家の応援に感激して思わず涙が出てきました。
それから、バイクコースの最後はランコースと平行して走ることになっていて、走っている主人をランコース上で見つけた時はうれしかったなぁ!

 実は私はかなり涙腺が弱いのです。まだバイクが終わっただけなのに泣きながらゆっくり着替ていると、女子選手が3名更衣室に入ってきました。遅いもの同士の妙な連帯感があり、バイクコースのしんどさを分かちあってからひと足お先にスタートしましたが、その人達にはすぐ抜かされました。
 ランコースは片道約7キロを3周です。不思議と今から42.195キロを走ることに抵抗はなく、その時思ったことは「ロングは速く走らなくてもいいんや。うれしー!」でした。足は意外と軽く、いつも通りに走れました。ランの目標は歩かないことだったので、これは守れそうです。しかし、1.5キロごとにあるエイドで毎回止まっては、何か補給したりスポンジで足を濡らしたりメンソレをふったりしていました。

 周回コースなのでガナスのメンバーや、主人に出会えるので気がまぎれます。最初に出会ったのはK森さんで聞けばもう折り返して終わりとのこと。速い!K森さんの実力なら当然ですが、12時間すこしでフィニッシュできそうです。
 F田さんは少ししんどそうでしたが順調に走っているように見えました。もちろん主人とも何回かすれ違いその都度、声をかけあいました。主人が「○○○!間に合うんか?」。私、「大丈夫ちゃう?」 なんて余裕で答えていましたが、冷静に考えてみると頑張らなければ間に合わない時間にまたなっていたのです。エイドで韓国人アジュンマ(おばさん)とコュミニケーションとりすぎたのが原因か!

 やっと2周目をクリアすることができた時にはとっくに真っ暗です。周回コースなので、ゴール前を何回も通るため、かなりの人がゴールするのが見えます…。ガナスメンバーはみんなとっくにゴールしていました。でも私のゴールを待っていてくれて、競技場前でみんなで私を応援してくれました。それにまた感動し、励まされ、また涙ぐみ、これは何がなんでもゴールしなければ、したい!と、心底思いました。
 そのパワーに後押しされ3周目は必死です。エイドで止まっている時間はなくなりました。この時間になるとすれ違う3周目の復路の人は歩いている人も多くなっているのですが、私はまだ往路なので歩くなんてことはできません。

 顔見知りになったエイドのアジュンマは私が時間がなくエイドを素通りするのを察して、伴走して水とゲータレードを渡してくれました。そして、「時間がもうないから止まらず早く行きなさい」そう言って送り出してくれました。それをありがたく思い、またゴールだけをめざして走りました。そして最後の折り返し、頭はまだクリアだったので、キロごとに残りの時間を計算しながら走りました。なんとかこのペースなら間に合うことができる、少し気持ちにも余裕が出てきました。でも辺りはさらに真っ暗になり、商店も閉まり、役員もいない、選手も見えない、応援もいない、ポツンとエイドだけが寂しくあるコースを走り続けました。
 エイド前を通過するときはこんなに遅くまで待っていてくれるアジュンマ達のことを思うと申し訳なくて、何度もお礼を言いながら通過しました。(韓国語を勉強しておいてよかった!でも、最後の方のエイドは片付けていた。遅いから当然か?)

 競技場が近づくと、何か叫んでいる声がかすかに聞こえます。フィニッシュした人へのMCの声!ゴール地点までのこり1キロになっていました。
もうすぐや!そう思っていると暗闇の中、前から私を呼ぶ声が!主人でした。心配で私を見に来てくれたみたいです。何度も名前を呼ばれたのですが涙が溢れ、返事をすることができませんでした。私を見つけた主人も私の姿に感動したらしく、「本当によう頑張った」そう言って泣き出しました。そしてついに競技場が見えてきました。やっとゴールです!最後は主人をはじめ、F田さん、K森さん、みんなでゴールすることができました。みなさんも疲れていて、早く休みたいところなのに本当にありがとうございました。そして応援の御家族のみなさん、日付が変わるまで待っていてくれて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 ゴールして思ったことは一人だったら絶対ここまで頑張れなかった。みなさんが待っていてくれて、応援してくれたから途中でやめたい、そんな気持ちに全然ならなかったのだと思います。本当に今回自分自身、いろいろな人にささえられ、助けられ、思われて生きているんだ、改めてそんなことを感じました。そしていつも一緒に練習し、わがままな私をいつも理解してくれている主人のやさしさ、愛を感じた初アイアンマンでした。