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NO.018 ★★★オロロンライン国際大会完走記 2004.8.29 by Maverick

空路を利用しても、自宅を出てから現地まで9時間余り。オロロンへの旅は時間と費用がかかる。だが、水温の低さ、バイクコースの雄大さ、夕暮れ時のランコースの美しさ。そのスケールの大きさは国内で比較出来るレースはない。北海道の圧倒的な自然の中で行われる貴重なロングのレース。それがオロロンライン・トライアスロン。

紙の上に描いた正方形を45度回転させて、北海道に見立ててみる。オロロンのレースコースは、その正方形の作る左上の辺を下から上に辿ると考えてみれば良い。そのコースの真ん中近くにゴール地点でもある羽幌町がある。その沖合に浮かぶのが天売と焼尻の両島で、オロロンの名はその一つ天売島に住むオロロン鳥(ウミガラス)から来ている。

 過去には何万羽といたオロロン鳥だが、2002年にはわずか13羽を数えるのみとなっている。繁栄と絶滅の危機。当地では、この鳥を救うプロジェクトが始まったばかりだという。そして、このオロロン大会も、名前を頂いた鳥と同じ運命を辿ろうとしているかのようだ。

 今回18回目を迎えたオロロン大会だが、明らかに転機に差し掛かっている。開会式では、「20回を節目に‥‥」という、弱気な発言が大会関係者の挨拶の中に相次いだ。実際、参加者も減り、地元に落ちるお金も少ないらしい。だが、一度止めてしまえば、この素晴らしいロケーションの大会をロングの規模で行うのはもはや不可能だ。確実に。

 力が吸い取られるような開会式を終え、宿舎で同室の選手と話をする時も、自然と話題は「オロロンも2006年で終わり」になった。ある人が言う、「これはTJ(トライアスロンジャパン誌)のせいですよ。だって、TJで取り上げられる大会なんて宮古島、アイアンマン、皆生だけじゃないですか。もっと公平に取材して、記事を書いてもらわなくっちゃ!」「開催時期が悪いよね。4月は宮古島でしょ。5月はジャパン。7月が皆生で、9月は佐渡。佐渡の1週間前で、チェジュと同日開催なんて、ロングをやってる人は来ないよ」でも、理由が何であるにしろ、この素晴らしい大会があと2回で終わってしまうということは、寂しいという言葉だけでは済まないような気がする。「寂しすぎる」だって全く十分ではない。

僕はスタート地点でもある増毛町で泊まった。かつてはニシン漁で栄えたのだそうだが、8月でも空気はうすら寒く、今や当時の活気は全く感じられない。増毛は、高倉 健が主演した「駅」という映画のロケ地でもある。ジャンボ海鮮ちらしを食べさせてくれる寿司屋や日本最北の酒蔵もここにある。

スイムスタートは6時30分。スイムは2キロ。右回りの周回コースを1周する。水はびっくりするほどは冷たくはないが、やはりフルスーツが向く。水深は5〜6メートル。海水の透明度は比較的高い。クラゲもいるが、それほど問題にはならないだろう。スタートして数百メートル、村上純子さんのすぐ横を泳いでいたが、彼女のペースが徐々に上がり、僕はあっさりと見送った。どのみち、バイクで圧倒的に離されるのだから。

スイムを上がってバイクコースは日本海に沿って北へと向かう。増毛町、留萌市、小平町、苫前町、羽幌町、初山別村、遠別町、天塩町、幌延町。オロロンの素晴らしさの過半はこのバイクコースにあると思う。晴れれば追い風、雨なら向かい風の200.9キロのバイクパート。もうそれだけで、挑戦し甲斐があるというものだ。でも、魅力は距離だけにあるのではない。海岸沿いのコース周辺の景色も秀逸だ。僕の参加した海外のどの大会にも引けを取らない。どころか、それらを凌駕して抜きん出ているとも思う。他のどことも違う、完全にオリジナルな風景がここにはある。

コースは苫前(60キロ地点)まではほぼフラット。だが、ここから遠別(110キロ地点)までは大陸的なアップダウンが何度も繰り返される。ギアの選択も重要かも知れない。コースの長さがもたらす終盤の疲れと向かい風の吹く可能性を考えると、フロント50 / 41、リア14〜25の組み合わせが、13時間を少し切るレベルの僕には最適だろうと思う。

天塩(140キロ地点)近くまで行くと、左手奥の海上に利尻富士のきれいな円錐形の稜線がくっきりと見え始める。と同時にこの辺りからが精神的にきつくなる。風力発電の大型のプロペラの群れやサロベツ原野での牛の応援(150キロ地点)も。荒野の中にポツリと現れる、開拓地という言葉が相応しい幌延の町(160キロ地点)も。どれも僕には現状に立ち向かうための精神的支柱とはなりえなかった。全ては練習量の問題だよ、と北の大地に突き放されているような気がした。天塩(180キロ地点)からは往路を南へ。ともかく、このバイクコースに必要なのは、200キロを物ともしない強靭な精神力か、もうとにかく楽しむんだという心の割り切りかであるように思う。

 遠別町の「道の駅、富士見」でトランジション。ランはバイクコースをさらに南へ辿る。41.8キロの長丁場だが、酷暑の大阪に比べれば、空気はもう嘘のような爽快さ!ランコースはアップダウンが連続するが、元気に走れる。登って降りて、降りては登る。坂の頂上まで行くと前の坂を登る選手の姿が目に入るという、何とも特別な光景を体験することが出来る。コースは過酷だが、エイドステーションは素晴らしい。人が素晴らしい。選手の元気と地元の人の優しさとが交換されて、エネルギー保存の法則が完成される。

やがて、陽が右手の海上に傾き、焼尻島と天売島を茜色に染め始める。夕闇が落ちると周りは真っ暗闇。足元に注意して進まなければならない。沿道にぶら下げられた裸電球だけが、行く手をぼんやりとナビゲートしてくれる。星の輝く空の黒と、北の大地の漆黒とが交わる辺りに、羽幌の町の灯がきらきらと見え始めた。やがてコースは市街地に入り、ゴールのある方向から選手を迎え入れるアナウンスが聞こえてくる。充実感が身体を満たす。どうかこの感激があと2年と言わずこの先もずっと、ゴールする選手を待っていてくれますように、と僕は自然と、走りながら両手を広げてお祈りをした。


オロロンライン国際大会公式ホームページ