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no.006 ★★★全日本宮古島大会完走記(3年ぶりの復帰第1戦) 2002.4.21 by 黒田庄太郎  

 大きな交差点を通過し、ちょっと細めの路地へと入っていく。上り坂が右へ左へと緩やかに曲がっている。両側には何本もの、そしてその向こうには赤レンガの門と選手達を迎えてくれる歓声。人の門をくぐるようにして競技場に入る。やっと帰ってこれた。3年ぶりに帰ってきたのだ。

 前回宮古島のレースに参加した時と比べると、私の身の回りの環境は大きく変わっている。一番大きな違いは就職したという点。仕事を言い訳にするのは非常に悔しいが、学生時代と比べると、やはり練習時間が格段に少なくなっているのは事実である。ランはそこそこできているが、スイムとバイクに関しては本当に練習量が少なかった。今回はどんなレースになるのか…。多分潰れるだろう、いや潰れないはずはない。レース前夜、そんなことを考えながら私は布団に入った。こんなマイナス思考ではダメだ、もっと良いイメージを持とうと思うがなかなか思い浮かばない。そんな堂堂巡りをしているうちに、いつのまにか眠っていた。

 当日、朝4:00に目覚ましが鳴る。外はまだ暗い。一緒に行ったHTさんと朝食を摂り、最終エントリー・ゼッケン記入・レース用品の預託などを手際良く済ませる。ホテルの部屋で最後の準備をしていると、TNさん、TTさん、HKさんと、ガナスのメンバーが続々と私の部屋に集まってきた。みんなで目標などを話し合ったりしているうちに時間が迫ってきた(HKさんは腰を痛めてほとんどまともに歩けないほどだったが、スイムの100mだけでもいいから参加すると言っていた。すごい根性。)。最後の準備をしてみんなで部屋を出た。

 スタート地点の前浜ビーチに立つと、左から右にかなりの速さで潮が流れているのがわかる。うねりも大きい。これは大変なスイムになりそうだ。スタート5分前。ふと横を見ると、スイムを得意とするNさんがいた。よし、スタート位置は間違ってはいない。スタート1分前、海岸全体が張り詰める中、スタート位置に張られていたロープが回収されていく。すると、あれ、何人かが前に出て行くやん。しかも悪びれた様子も無くどんどんと。よく見るとほとんどが黄色いキャップの招待選手。このフライングには興ざめだった。そうこうしているうちに、いきなりピストルが鳴った。今年のスタートはあまり高揚感が無く、もの足りなかった。

 ゆっくりと、歩くように海に入る。人はたくさんいるがバトルというほどではない。しかし、不規則にやってくる大小の波には参った。私は3−1呼吸、つまり左右交互に呼吸をするのだが、左の呼吸の時に波をかぶり水を飲む。仕方がないので右の2−1呼吸で600mのブイまで行った。

 そこから1800m地点の折り返しまでは早かった。潮の流れに乗ってどんどん進んだ。海底の珊瑚を眺める余裕もあった。しかし大変だったのは、最後の1200m。今度は右前から波がやってくる。右呼吸では波をかぶるので、今度は左呼吸だけにした。でもそうすると波が見えない。体が波の頂上に来たときに入水すると空を切ってしまう。逆に、やってくる波に向かって入水してしまうと、波に腕を押し戻されてしまった。やっとの思いでスイムゴールにたどり着き時計を見ると、52分も経っていた。前回は45分で泳いだのに…。まあいい、ロングでの5分・10分ぐらいは大したことない。気を取り直してバイクのトランジットへと向かった。

 バイクはスタートしてまず島の西岸沿いを北上するのだが、やたらと調子がいい。40Km/hぐらいで快調にすっ飛ばす。その理由はすぐに分かった。池間島を折り返したとたん、進まない。強烈な向かい風(南風)が吹いていて、今度は25Km/h程度しか出ない。しかも南下していく島の東側はアップダウンの連続で、風がなくてもけっこうキツイ。この強風のせいか、だんだん選手がかたまってきた。明らかにドラフティング状態だ。マーシャルがやってきて、ばらけるように指示している。みんなその時は少し距離を取るが、マーシャルがいなくなるとまたすぐに集団になる。これはトライアスロン(ロング)のルールにもスピリットにも反する。そこで、エイドで集団のスピードが落ちたところで逃げに出た。しばらく走ったが、すぐに追いつかれた。で、ドラフティングを解消しようと少し離れたら、あっという間に置いて行かれてしまって、後はゴールまで、たまに抜いたり抜かれたりの孤独な旅だった。

 バイクの50Km付近、体調の変化に気が付いた。異様に腹が張っている。そういえば、ドリンクを飲むときにげっぷが出ていない。空気が腹にたまって気持ち悪い(ランに入ってからずっとオナラが出た)。80Kmを過ぎたあたりから軽い頭痛がしてきた。さらに、120Km付近では鼻血が出始めた。明らかに熱中症だ。水分は十分すぎるほど摂っていたのに…。幸い鼻血はたいしたことはなかったが、強風でかなり脚を使い切った状態でバイクゴールにたどり着いた。予定時間を10分ほどオーバーしていた。

 テント内で着替えを済ませ(と言ってもウエアはそのままで、シューズとキャップだけ。)、ランスタート。だめだ、動かない。今までに出たレースの中で、一番つらいランスタートだ。スタート地点のエイドステーションを過ぎたところに家内がいた。応援してくれるが、「あかん、今日は頑張られへん。」と、思わず泣きが入ってしまった。

 声援を受けながら町中を過ぎ、5Kmで時計を見ると、ランスタートから23分だった。キロ5分半ぐらい。目標の5分/Kmよりかなり遅い。でもこれ以上ペースを上げることなどできない。それどころか何度も歩きたくなる。目標を「エイド以外では歩かなかい」ことに変更し、相当順位を下げることも覚悟した。

 走り出してしばらくして、またも体の異変に気が付いた。汗が出ていない。バイクであれほど水分を摂ったのに、曇ってきたとはいえ、ほとんど真夏の気温の中で汗が出ないとは…。結局、腸が水分を吸収していなかったらしい。バイクで熱中症になるのも無理はない。仕方がないので水をかぶり、スポンジを持ちながら走った。それでも次のエイドまでの2〜3Kmの間に肌はからからになってしまった。

 苦しいランがずっと続いた。アップダウンを何度かクリアした後、目の前にかなり急で長い坂が迫ってきた。この坂を登りきったところに17Km地点のスペシャルエイドがある。そこまで行けば折り返しまであと少しだ。坂を登り、さらに3Kmほど走ったところに、一番遠いエイドがある。ちょうどそこで、折り返してきたTNさんと会った。すごい、47番だ。声を掛けたがかなりつらそうだった。

 そこからコースで一番急な坂を登り、折り返し地点に向かった。順位を数えた。61番だった。「すごいじゃないか、自分! うまくいけば50番台もいけるんじゃないか?」急に欲が湧いてきた。でも飛ばさない。スタート時よりはいくらか走れるようになっていたが、今日の調子を考えて、ひたすらペースを守ることにした。我慢していれば落ちてくる選手を捕まえることができるはずだ。25Km手前、Nさんに追いついた。かなりつらそうに走っている。「がんばって」とお互いに声を掛けて別れた。

 宮古島のランコースはほとんど完全な折り返しコース。来た道をひたすら戻る。前の方に何人かの選手が走っているのが見えるが、近づきもしなければ離れもしない。ほとんど抜かれることも抜くこともない。何度も何度も歩きたくなる自分をしかり、ひたすら水をかぶりながらの我慢大会が続いた。一度歩いてしまうと走れなくなるのは分かっていた。途中、ガナスの(歯科医の)TTさんや(ヒゲの)HTさんとすれ違ったが、どのあたりだったのか覚えていない。

 落ちてくる選手を一人ずつ捉え、残り10Kmを切ったところで、気が付くと前回の順位と同じ55位になっていた。「このままいけるんじゃないか?」そう思ったものつかの間、ラスト5Kmを過ぎてから3人に抜かれた。そのまま町中を過ぎ、大きな歓声を浴びながらゴールへと向かう。ラスト2Kmを切った。ここからは競技場まで緩やかな登りが続いている。緩やかだが、疲れ切った体にはかなりきつい。「頑張れ〜、ワイドー」の声援にも黙ってうなずくのが精一杯の返事。本当にもうあと少しだ。残り1Kmを切ってから数人に抜かれた。でももう順位なんて関係ない。3年ぶりにこの場所に帰ってきた。しかも二桁順位というおまけ付きで。

 競技場入口で、家内が出迎えてくれた。ラスト100mから一緒に走って、2人で万歳してゴールした。あとで写真を見ると家内の方が嬉しそうな顔をしていた。